「わたくしがお肉よりお魚が好きだと申し上げたら、お父様はマグロを丸ごと下さったのですよ。立派な、丸丸とふといマグロを」
母は父の思い出を繰り返し語るようになった。
寂しさをまぎらわしているのだろう、邪鬼は時間の許す限り付き合っている。
「邪鬼さん。あなたも、お父様のように優しくて強い殿方になって下さいね」
「……母上」
はい、でも、いいえでもない。
「わたくし、邪鬼さんのお嫁さんを見るまではきっと生きているでしょうから」
ならば、一生嫁などいらぬ。
そう表立って言える図々しい男ではなかったし、
なにより母が喜ばぬと思ったからである。
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