案外器用にうごくものだ、そんな事を思いながら桃は眉をふわりと張って富樫を見ている。
富樫は昔からあまり器用なタチではない。それは指先だけではない、生き様すらも不器用だった。
食事の当番をさせて、富樫がどうしていたか。あいにく桃は思い出せない。
出あってから数十年が経ち、今目の前でちまちまと餃子を包んでいる富樫の横顔は真剣で桃の眼差しにも気がつかない。
集中しているのだ。
口を結んで、険しいぐらいに目をきつくした富樫。
指は機械のように同じ動作を繰り返している。
ひたすらに餡をのせ、つつみ、折りたたむ。
その繰り返しをちまちま続ける富樫が、なんだか桃にはとても新鮮だったのだ。
富樫が視線に気づいたのはだいぶ後のこと。
「おい、しっかり手を動かせよ。飯がどんどん遅れっぜ」
ああ、桃は頷いてゆったりと微笑んだ。
富樫は昔からあまり器用なタチではない。それは指先だけではない、生き様すらも不器用だった。
食事の当番をさせて、富樫がどうしていたか。あいにく桃は思い出せない。
出あってから数十年が経ち、今目の前でちまちまと餃子を包んでいる富樫の横顔は真剣で桃の眼差しにも気がつかない。
集中しているのだ。
口を結んで、険しいぐらいに目をきつくした富樫。
指は機械のように同じ動作を繰り返している。
ひたすらに餡をのせ、つつみ、折りたたむ。
その繰り返しをちまちま続ける富樫が、なんだか桃にはとても新鮮だったのだ。
富樫が視線に気づいたのはだいぶ後のこと。
「おい、しっかり手を動かせよ。飯がどんどん遅れっぜ」
ああ、桃は頷いてゆったりと微笑んだ。
「えー…羅刹、さん」
「はい」
「……あの、リングネームか何かかしら」
「……」
「お引き取り下さい」
羅刹は羅刹である、名字はない、
何か理由があるのかもしれないし、本当に無いのかもしれなかった。
それを誰も咎めはしなかった、
今まで。
「…どうした、羅刹よ。浮かぬ顔だな」
「は、邪鬼様。実は…面接に落ちてしまったのです」
「ほう?貴様ほどの男を落とすとは……案ずるな、見る目が無いのだ」
邪鬼は太く笑った。
羅刹は思わず胸が熱くなるような気持で、ぐっと奥歯を噛む。
「……実は、俺には名字がなく、それで落とされてしまうのです」
「なんだ、そんな事でなやんでいるのか」
「……?」
「大豪院を名乗るがよい、羅刹よ。この邪鬼がそれを許そう……貴様にはその資格がある」
「邪鬼様……!」
「ふ、大豪院を名乗るのだ、失敗は許さぬぞ」
「この羅刹、必ず…!」
かくして羅刹はセブンイレブン九段下店夜間アルバイトになった。
「羅刹が邪鬼様の籍に入った……だと……!?」
怒れる毒手が迫っている。
「はい」
「……あの、リングネームか何かかしら」
「……」
「お引き取り下さい」
羅刹は羅刹である、名字はない、
何か理由があるのかもしれないし、本当に無いのかもしれなかった。
それを誰も咎めはしなかった、
今まで。
「…どうした、羅刹よ。浮かぬ顔だな」
「は、邪鬼様。実は…面接に落ちてしまったのです」
「ほう?貴様ほどの男を落とすとは……案ずるな、見る目が無いのだ」
邪鬼は太く笑った。
羅刹は思わず胸が熱くなるような気持で、ぐっと奥歯を噛む。
「……実は、俺には名字がなく、それで落とされてしまうのです」
「なんだ、そんな事でなやんでいるのか」
「……?」
「大豪院を名乗るがよい、羅刹よ。この邪鬼がそれを許そう……貴様にはその資格がある」
「邪鬼様……!」
「ふ、大豪院を名乗るのだ、失敗は許さぬぞ」
「この羅刹、必ず…!」
かくして羅刹はセブンイレブン九段下店夜間アルバイトになった。
「羅刹が邪鬼様の籍に入った……だと……!?」
怒れる毒手が迫っている。
桜が満開の公園、花見の場所取りのブルーシートが隙間無く地面を埋めている。
桃は伊達をともなって歩きながら、桜がもっともよく見える位置に寝そべっている乞食を見つけた。
汚らしい身なりの痩せた老人だが、ゆうゆうと寝そべり、ワンカップの酒を手に顔を赤くしている。
よほどの酒好きなのか、カップをあおって口に含むとき目をうっとりと細めて喉を鳴らした。
その赤らんだ顔へほろりほろりと桜の花びらが落ちていくのを、微笑みながら乞食はただ時を味わっているようだった。
伊達は別に目をそらしはしない。桃も同様である。むしろ桃はうらやむ響きのこもった声を上げた。
「伊達、ああいうのもいいな」
「俺はごめんだ」
「ああしているのを見ていると、何か好きなもの一つだけあれば、他になにがなくとも幸せなのかもしれない」
「……そうかもわからねぇな」
伊達にも何か、思うところがある。
桃はそうだろうそうだろうと頷いて、
「いつか俺にさらわれてくれるか」
「真っ平だ」
桃は伊達をともなって歩きながら、桜がもっともよく見える位置に寝そべっている乞食を見つけた。
汚らしい身なりの痩せた老人だが、ゆうゆうと寝そべり、ワンカップの酒を手に顔を赤くしている。
よほどの酒好きなのか、カップをあおって口に含むとき目をうっとりと細めて喉を鳴らした。
その赤らんだ顔へほろりほろりと桜の花びらが落ちていくのを、微笑みながら乞食はただ時を味わっているようだった。
伊達は別に目をそらしはしない。桃も同様である。むしろ桃はうらやむ響きのこもった声を上げた。
「伊達、ああいうのもいいな」
「俺はごめんだ」
「ああしているのを見ていると、何か好きなもの一つだけあれば、他になにがなくとも幸せなのかもしれない」
「……そうかもわからねぇな」
伊達にも何か、思うところがある。
桃はそうだろうそうだろうと頷いて、
「いつか俺にさらわれてくれるか」
「真っ平だ」