夜の仕事の前に着替えをしなければ。夜の仕事なんて本来公務員ならありはしないのだろうに。
女は夜の顔を持つっていうけれど、私の顔は特殊と言ってもいいかもしれない。
持ってきていたジャケットに袖を通す、春物に袖を通すのは今日がはじめてだったけれど実はわくわくしてもいる。
このジャケットは随分前に私にしては大枚はたいて買ったもの、色は寝ぼけているけれど丈夫。
ふふふふ。袖を通す、と、
「………あ、」
バツン、と不吉な背中で音がした。二の腕が強く張って、背中の布地がひっつれる。
おそるおそる袖を抜いてジャケットの現状を確認す。ああ、ああ、私の二万円。OLの友達なぞは、女が衣服のことで値段を、ましてや三万円以下のものでウダウダ言うなと言うけれど、ああ、私の二万円…珍しくメイドインチャイナ以外の…私の二万円。
その二万円が背中からバックリと裂けている。
「ああああああああ…」
去年と違うとすれば私の二の腕、背中に筋肉が付きすぎていたせいで、結果背中が裂けたとそういうことである。
十キロもある傘を夜毎振り回したり、ロープ一本で身体を支えたりすれば仕方が無いかもしれない。
はっ、として私はメジャーを取り出した。素早く胸囲に巻きつける、もしかして、もしかして、もしかして、
「………増えてる…!!」
グッ、とガッツポーズ。増えている、増えている!
「増えてる…!!」
私は一人、静かにガッツポーズした。
と、一部始終を見守っていた上司はメジャー巻き付けガッツポーズの私を少し不審そうに見て、
「………ベルリン、」
何事か言おうと口を開いた。
「言わないで下さい」
「……いや、お前」
「言わないで下さい、」
知ってるんだもの。言わないで下さい。
「…言うとか、いや、その」
「わかってます、言わなくて結構です。夜ですから、別にいいんですこのジャケット、いいんです、」
「いいんですって」
「冬物のジャケットでもいいでしょう、夜ですもん」
「ああ、いや、その、胸囲だけどな」
「……私もう先に行きます、」
私は傘を引きずりながらそっと部屋を後にした。
「……バストアップに成功した」
呟いてみてもなんだかむなしい、
実はビルドアップだったなんて、言われなくてもわかっている。