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林檎を手にした富樫は少し遠い、
桃は静かに尋ねた。



「林檎、好きか」

「どっちでもねぇよ、ただ、前に林檎泥棒と間違われた事があってよ、そん時に女の子が一人庇ってくれたっきりだったなって」



「俺が庇う」

「ああん?」

「俺が庇うさ、お前の無実を何がなんでも証明してやる」







「……実はその3日前、本当に林檎盗んでたんだよ……」

「…お前ときたら、まったく…」







二人嬉しそうに

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「富樫、俺とするのは気持ち悪いか?」
「いや、その…正直…悪くねぇ」
「フッフフ良かった、お前が嫌でなくってな…どれ」
「ウヘっ、や、やるときゃあ先に言えってんだよ!驚くじゃねぇか」
「フッフフ、悪い…お前が唇とんがらかせてるから…つい」
「チェッ」








「まさか何の捻りもなく、桃と富樫がキスしてるなんて思いもしなかったよぉ!」
「よしよし椿山、お前はなんにも悪くない」
「撫でろ」
ファンが聞いたら驚くような低い声で、飛燕は富樫へ命じた。
あぐらをかいた富樫の太ももに上半身を投げ出して、ぎゅうと腰へ手を回している。


「何か嫌な事でもあったんかよ」
「何もかもだ」

富樫の不器用な手が、飛燕の櫻髪をすく。
飛燕は肩を揺らしてなにがしかの感情を堪えている。


「……顔を上げねぇか、ガキじゃあるめぇ」
「上げたら抱き締めるか」

「そんぐれぇなら、朝までだってやってやらぁ」





いい男だ、
何も聞かず、
本当にいい男!
……私の富樫。
声を殺して、私は泣いた。
「伊達。俺はお前の足を舐めることだって喜びを味わうだろう」
「馬鹿野郎」

伊達の声には切実さがある。
自分を打ち負かし、同級生だけではなく先輩や敵にすらその器の大きさから一目置かれる男、
そして自分があこがれてやまない男に発してもらいたい言葉ではなかった。
首を振る伊達の頬へ、桃はやさしく手のひらをあてがった。
ふんわりとやわらかそうな触れ方とは違い、ダンビラを振り回すその手のひらには当たり前にタコやマメで硬い。
伊達は首を横へ振った。

「てめぇはそんな馬鹿を言ったらいけねえ」
「どうしてだ」
「どうしてもだ、桃――頼むから俺を失望させてくれるな」
「お前を好いているんだ。伊達、俺はお前に跪いたってかまわない、お前が望むなら」
「嫌だ」

そんなことして欲しくなかった、伊達がまぶしく思う男でありつづけて欲しかった。
まぶしい輝く太陽が接近してみれば汚い黒点にまみれていることに気づくようなことは、したくなかった。
遠巻きに、胸を高鳴らせていたかった。

だが桃は許さない、
「どうしたらお前のものになれる?」
詰め寄った桃の顔に酔狂はない、それが伊達にはわかるだけに悲しみと喜びは入り乱れる。
「てめぇをものにしてぇなんて、思ったこともねぇよ」
「俺はお前のものになりてぇのさ。……お前もそれを望むだろう?」
「望んでやしねぇ」

俺を好きになってくれ、
叫びだしそうな渇望の胸のうち。伊達は胸を押さえた。
省みられるにはあまりにも汚れすぎている。泥にまみれ、腐肉をすすったこの体。
桃でなければ、自分の人生に引け目など感じることはない。
引きずり倒されるような感情のままに、伊達は背を向ける。

その背に桃がすがりついて、額を擦り付ける事に無上の喜びが寄せた眉ににおう。
「桃、」


伊達が最も傷つく、ずるい手を使う。
それでもなお、桃は伊達が欲しかった。
「ねぇ、じいちゃん」
「あん?サンマならまだ焼けてねぇぞ、箸並べて待ってろや」
「うん、桃さんって、さよなら言わないね」
「あン?」

「さよならじゃなくて、『またな』って言うね」

「あいつァ軟弱だからな。年ィ食ってもしょうがねぇ奴だぜ」

「ふうん」


箸を並べに戻っていく。富樫はこの年になってもなお治らなかった、学帽のつばを引き下げる仕草をして、


「……軟弱なのァ、俺もじゃ」








いくつになっても、
さよならなんかは言わせない。
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