見覚えのある学帽を被った子供がいつの間にか入り込んでいて、桃の枕元に据わっている。
桃がうっすらと眼を開くと、その子供は歯を見せて笑った。
「おう、桃、もうほぼ全員渡ったぜ」
その懐かしい声、口調に桃の頬に笑いじわが刻まれる。
開いた視界は既にけぶり、視力も半ば失われつつあったが、確かにその子供が自分のよく知る懐かしい男のものだとわかった。子供の目をまたぐ傷、その懐かしさに桃の胸が疼いた。
「…そうか、俺も、そろそろ行くかな」
「そうしろよ、お前は立派にシンガリ勤めたぜ」
「……そう、かな」
桃の声も掠れている。聞き取りづらいだろうに、子供は深く頷いた。
「おうよ、また迎えに来らぁ」
じゃあな、言うなり懐かしい気配は消えて、気づけば彼の学帽を被った彼の孫が、桃を心配そうに見下ろしていた。傍らには息子の獅子丸の姿もある。
「ももさん、だいじょうぶ?」
「ああ、なんてことはない」
彼の孫が安心して帰ったのを見届けてから、桃は獅子丸へ告げた。
「そろそろ死ぬぞ」